ポップミュージックにおける「商業性」と「芸術性」について。
補助論「高野寛というやつは。」経由元春行きコラム。さらに転回。

バランス感覚とは簡単に言って、
「芸術性」と「商業性」のことで。

しかしポップミュージックにおける芸術性自体、
どう語るべきか実際にはかなり手ごわい部分。

でも確かにポップミュージックには、その要素があるし、
アルバムからどの曲をシングルカットするかは、
数あるアルバム収録曲の中から、
「商業性」の高いものをピックアップするわけで。

佐野元春のマスターピース「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」から、
シングル曲を選ぶ時、元春は「ジュジュ」を望んだ。
「これぞ広く聴かれるべき、ポップミュージック。」と。
ところができるだけ多く売って会社の業績を最大限にしたい立場の人は、
「いや、それよりシングルにふさわしい曲がある。」とアーチストの意向を却下。
リリースされたのは「約束の橋」だった。
実際のところ、コアな元春ファンには「ジュジュ」の方が補助輪の取れた、
優れたポップソングであることは自明であって、「約束の橋」が選ばれたことは、
「まぁそうだろうね。(そっちの方が分かりやすいから)」という冷静な会話が交わされていた。

絵画の世界はどうだろう。
モナリザは最高級の芸術性と同時に商業性を持っているのではないだろうか?
ゴッホのひまわりも、ピカソのゲルニカもそうではないか?
芸術性が高すぎて商業性が低い絵画って何?
畑が違って分からない。

元春も清志郎もJUNJI(ex SUPERCAR)も同じことを言った。
「ヒットチャート1位を取りたい。」って。
彼らにとって音楽とは「絵画と同じ評価基準を適用されるべきもの」
(日本でもそうあって欲しい。)という気持ちがあるのは想像に難くない。

日本のリスナーは○○なのだろうか?
            ↑に入るべき単語を、あなたも探して欲しい。

<話を変えつつ続く>
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by POP_ID | 2005-03-17 01:23 | MUSIC | Trackback | Comments(0)
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