リクオ/夜中に訃報を知る
>雨上がりの空にー青山ロックンロールショウ

5/9(土)
 清志郎さんの訃報を知ってから数日間は、正直、葬儀に行きたくない気持ちの方が強かった。でもやはり参加しないわけにはいかなかった。
 当日は前日までの雨が嘘のようによく晴れた。気温はどんどん上昇して、お昼頃には初夏を思わせるような暑さになった。関係者、ファンの人達を含め、青山葬儀場には午前中からすごくたくさんの人達が集まっていた。
 館内に入ってすぐに、清志郎さんの笑顔の遺影が目に入った。冗談みたいだと思った。けれど遺影の前に置かれた遺骨の存在は、冗談にしては行き過ぎだった。
 館内には清志郎さんの歌声ががんがん流れていた。清志郎さんの曲を一度にこんなにたくさん聴いたのは久し振りだった。知らない曲は1曲もなかった。
 三宅さん、梅津さん、片山さんら清志郎さんと旧知のバンドメンバーが景気のよい演奏を始めて、「青山ロックンロールショウ」と名付けられた型破りな葬儀が始まった。多分その場にいた多くの人達と同じように、自分も思いを振り切るようにその演奏に拍手と声援を送った。けれど、多分その場にいた多くの人達と同じように、盛り上げようとすればする程、喪失感の方が大きくなってゆくのだった。
 自分が感傷に溺れるのは違う気がしていたので、葬儀の間泣いたりすることはなかった。
 葬儀場を出て、関係者の人達とも別れた後、清志郎さんの歌を口ずさみながら歩いた。自然に清志郎さんの真似をして歌っている自分に気がついた。結構似ているじゃないかと思った。
 なんとも言えない気持ちになった。
2009/05/10(日) 05:47 http://www.rikuo.net/



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>5/6(水)神奈川県藤沢市 太陽ぬ荘(てぃーだぬそう)スタジオロビー
ゲスト:eli(vo)ex:ラブ.タンバリンズ

 藤沢市のライブ情報を束ねる「Swing Swang Swingin」の企画で、2日間続けて藤沢市内でライブをやる。
 ゴールデンウイーク中はずっとツアーで各地を回っていたのだが、最後の2日間を地元ライブでしめるといのは、なんか嬉しい。
 前日は自分がよく飲みに行くミュージックバー、サウサリートでのライブだった。
 サウサでのライブはカヴァー曲をたくさんやりたくなる。この日も普段はめったにやらないカヴァー曲を色々と演奏した。洋楽のカヴァー曲「CRAZY LOVE」や「I SHALL BE RELEASED」を演奏してサビで合唱が起こる店はサウサリートくらいだろう。
 この日のライブ会場の太陽ぬ荘(てぃーだぬそう)スタジオは時々自分もリハーサルで使わせてもらっている。受け付けのあるロビーはライブイベントにも充分使える広さ。アルコールもオーダーできるから、結構出来上がってるお客さもいた。
 ライブは前日のサウサの盛り上がりがそのまま続いているような乗りだった。今年に入ってから藤沢では月1回くらいのペースでライブをやっているので、リピーターのお客さんも多く、すっかり地元ライブの趣。湘南に引っ越して丁度1年。ローカルミュージシャンとして、この街から発信してゆく準備が徐々に整ってきたように思う。
 ゲストで4曲歌ってくれたeliちゃんと会うのは、実はこの日がまだ2回目。3月のサウサでのライブに彼女が遊びに来て、1曲飛び入りしてくれたことがきっかけで、この日のゲストで来てもらうことになった。なんだかずっと前から知り合いのような気分で彼女と話していると、「親戚のおじさんと話してるみたい」と言われた。
 パフォーマーには、オフステージからの自然体の流れでステージに上がる人もいれば、ある踏ん切り、決意を持ってからステージに向かう人もいる。eliちゃんの場合は後者だろう。何かを振り切るようにエキセントリックに歌いパフォーマンスする彼女に、力強さと背中合わせのような危うさ、ひりひりとしたリアリティーを感じた。原田真二の「OUR SONG」を一緒にセッションできたことが特に嬉しかった。
 アンコールの曲はこの日も感謝の想いを込めて歌った。
2009/05/08(金) 05:15
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>死ぬまで生きよう。
5/4(月)祝春一番(5/3~6開催)
【場所】大阪 服部緑地野外音楽堂
【出演】リクオwith寺岡信芳(ベース)、朝倉真司(パーカッション)/lost in tme/中川イサト/中川五郎/金子マリ/豊田勇造/暁照夫/ペーソス他

 大阪名物の野外イベント「祝春一番」に今年も参加させてもらう。
 自分の出番の前に急遽、書道家の俵越山さんのステージにも参加させてもらうことになる。関西の人にとっては、越前屋俵太といった方が通りがいいだろう。
 俵さんは5年前に芸能活動から退き、山にこもり修行して、書道家に転身されたそう。実は俵さんは自分が通っていた大学の先輩なのだ。
 自分の演奏が始まってほどなくして、俵さんは大きな声で気合いを入れるやいなや、客席後方までのびた紙の上に一気に筆を走らせ駆け上がって行った。
 自分は俵さんのパフォーマンスの内容をよく知らないままステージに上がっていたので、ピアノを弾きながらその様子を見て、ちょっとあっけにとられた。なんやようわからんけど、実にエネルギッシュなパフォーマンス、「書動」だった。

 野外ステージでのトリオ演奏は実に気持ちがよかった。寺さん、朝ちゃんとの息はバッチリで、ドライブ感のあるグルーヴに気持ちよく身をゆだねた。
 ステージ最後の曲は、ソロで、清志郎さんと17年前に共作した「胸が痛いよ」を歌った。悲しさよりも感謝の想いを込めた。

 自分のステージの後は、主に客席後方で、色んな知り合いと挨拶を交わしながら、飲みながら、ステージの演奏を楽しませてもらった。
 昭和期に活躍した浪曲漫才トリオ元宮川左近ショウの1人であった暁照夫さんのステージは圧巻だった。現役バリバリの72歳。声も三味線も枯れたところなどみじんも感じさせない、実にアグレッシブ、芸人魂が炸裂した最高のパフォーマンスだった。
 生涯現役。死ぬまで生きよう。

2009/05/04(月) 23:49
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>夜中に訃報を知る
5/2(土)金沢 もっきりや

 ライブ中、エネルギーに満ちている自分をはっきりと実感できた。
 もっきりやにあるベーゼンドルファーのグランドピアノは自分のプレイに実によくこたえてくれた。声もよく響いた。もっきりやという空間が、音を響かせる楽器のように感じた。お客さんとマスターの平賀さんのリアクションは自分を増々その気にさせた。何も不安がなかった。受け入れて循環させて楽しめばよかった。
 ライブの後も気分がよかった。

 清志郎さんの訃報を知ったのは打ち上げの際中だった。
 その後もしばらく飲み続けた。清志郎さんの話はほとんどしなかった。
 ホテルに戻ってからは、YouTubeでRCサクセションや清志郎さんのライブ映像をいくつか見て、パソコンを閉じた。すぐには寝付けなかった。

2009/05/02(土) 23:41

http://www.rikuo.net/
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by POP_ID | 2009-05-17 02:18 | eli,shy&エージ | Trackback | Comments(0)
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