中川五郎(フォークシンガー/評論家)/The World According to Goronyan
>■ ブラディ・メリーズ、デビュー!? 2009年05月23日(土)
(前略)
終ってからは、多田さんと熊坂さん、そしてサンジャックの平林夫妻と一緒に軽く飲み(ぼくはまだ調子が悪い)、話題は自然と5月2日に亡くなった忌野清志郎さんのことになる(みんな清志郎さんの大ファンだ)。
 平林知己さんが清志郎さんへの熱い思いを語りに語り、多田さんは、密葬や葬儀でのマスコミの「傍若無人」ぶりを伝えてくれた。
 ぼくは滅多にテレビを見ないが、たまに見ると、ニュース番組も含めて、いろんな番組でのあまりにものひどさというか、無神経さ、そしてその狂躁ぶりにうんざりさせられ、長く見ていることはできない。
「清志郎さんの葬儀の様子を伝えるテレビは絶対に見たくなかった」と断乎として言う、平林さんの気持ちはぼくもとてもよくわかる。とんでもない悲しみの場を、ただの「取材対象」、「題材」、「ソース」として追いかけなければならないなんて、職業とはいえ、とてもいやなことだろう。そうならば、せめてそのことに対する「気のとがめ」や「恥じらい」、「後ろめたさ」を持ってほしいと思う。しかしブラウン管(古いね、今だと液晶かプラズマの画面ということか)の中でいかにも悲しそうな、あるいは深刻そうな顔をして喋る人たちからは、そうしたことがまったく感じられない。これはいったいどういうことなのだろう?

>■ 酒と涙の春一番2009 2009年05月21日(木)
(前略)
2日の夜、「ニュー・モーニング」が終って、友だちと会場近くの江坂で飲み、11時過ぎに寝屋川市の実家に戻ると、NHKのニュースで忌野清志郎さんが亡くなったことを告げていた。ぼくは清志郎さんとは直接会ったり話したりしたことは一度もないが、その歌を聞いたり、活動を見て、すごい人だと常々思っていた。「何て残酷なこと」。もっともっと歌いたかっただろうし、もっともっとすごい歌を作って、歌ってくれただろうに。とても大きな人を奪われてしまった喪失感に襲われ、やりきれない気持ちになる。

 翌3日からの春一番は、清志郎さんを追悼する思いが満ち溢れたものとなった。会場に集まったたくさんの人たちが清志郎さんを失ったあまりにも悲しい思いを共有し、清志郎さんと親しかったミュージシャン、一緒に活動をしていたミュージシャンは、自分のステージの中で彼への溢れ出る思いを思いきりぶつけていた。ぼくは遅れて会場に着いたので見ることができなかったのだが、5日に出演した三宅伸治さんの心中はどんなだっただろうか? よく春一番に駆けつけて演奏してくれたと思う。

 2009年の春一番の最終日6日の、最後の前の出演者は、春一番のプロデューサーの一人、あべのぼるさん率いるMagic ANIMALSで、彼らは壮絶なステージを繰り広げ、いちばん最後の出演者は、春一番のもう一人のブロデューサー、福岡風太さんが絶賛するハンバート・ハンバートで、夫婦での出産を経た後の、うんと大きく逞しくなったステージを見せてくれた。飛び入り参加した渋谷毅さんのピアノもとても美しかった。
 ステージの前の端の方に立って、かぶりつきでMagic ANIMALSやハンバート・ハンバートのステージを見ながら、ぼくは「今生きていること」や「ここからいなくなってもう歌えなくなってしまった人たち」のことを考え、生きる喜びと生きる悲しみとを改めて思い知らされ、気がつくとやっぱり泣いてしまっていた(歳を取ると涙もろい?)。
 ハンバート・ハンバートの歌ならよくわかるが、Magic ANIMALSで泣くなんて何だかおかしいようにも思うが、わかってくれる人は、絶対にわかってくれると思う。いい音楽は、人の心を激しく震わせ、優しい気持ちでつい涙腺を緩ませてしまうのだ。

http://www.goronakagawa.com/cgi-bin/diary.cgi?mode=new



>今日4月16日は高田渡さんの命日。もう四年も経ってしまったのか…。
 今日は一日原稿書きに追われていて出かけることが出来ないが、昨日の下北沢leteでのライブでは、渡さんのことを思い、心をこめて「2005年4月16日」を歌った。

 4月4日に武蔵野市民文化会館大ホールで行なわれた「高田渡生誕会60 かんれき」に足を運ばれた方はもちろんご存知だが、当日は来た人全員に豪華8ページ、総天然色刷りの(古いね)のプログラムが配られた。そこには渡さんの写真、渡さんの手書きの歌詞などと共に、生誕会の実行委員11人が「最初の渡」というテーマで、渡さんへのそれぞれの思いを綴った文章も掲載された。

 生誕会が終わってほぼ二週間、来られなかった人はもうどこでも読めない文章なので、ぼくが「高田渡生誕会60」のプログラムのために書いた文章をここに再録させてもらう。

渡! 渡が生きていたら、めちゃくちゃ喜びもすれば、興奮し、感動することが起こったよ。渡にだけは絶対に見てほしかった。生きていてほしかった。きっと渡は、そのできごとを世界中の誰よりも心の底から喜んだはずだから…。
 アメリカに新しい大統領が誕生し、アメリカで初めて黒人系の人が大統領になったということだけでもすごいのに、そのオバマ大統領の就任を祝賀するイベントに、ピート・シーガーが孫のタオ・ロドリゲス・シーガーやブルース・スプリングスティーンと一緒に登場して、集まった50万人もの人たちと一緒にウディ・ガスリーの「This Land Is Your Land」を歌ったのだ。その場にはもちろんオバマ大統領もいた。今年の1月18日、ワシントンD.C.にあるリンカン・メモリアルでのことだ。
 渡やぼくが最も影響と刺激を受け、自分たちの歌を、日本のフォークを歌い始めるきっかけとなったのが、ピート・シーガーとウディ・ガスリーの二人だった。二人とも共産主義に共感し、持たざる者、弱い者の立場に立って歌を作って歌い続け、権力を憎み、あらゆる差別に真っ向から立ち向かったミュージシャンだ。
 ピート・シーガーは第二次世界大戦後、マッカーシズムという赤狩りにあっても、決して信念を曲げなかったし、さまざまな戦争を引き起こすアメリカ国家に対して、激しい反戦歌を歌い続けた。そんな人物が、アメリカの新しい大統領の誕生を祝う場で、どんなことがあっても人々と一緒にいるという「生活の柄」を持ち続けたウディ・ガスリーの歌をみんなと一緒に、それこそ大統領も一緒に歌ったのだ。それを見て、世の中はほんとうに変わるのかもしれないと、ぼくは実感することができた。
 これは絶対に渡に見てほしかった。どうしても見せたかった。こんなすごいことが起こるとは、渡、やっぱり死んじゃだめだよ。ウディの「This Land Is Your Land」を歌うピート・シーガーを見て、ぼくが真っ先に思い浮かべたのは渡のことだった。その場面を渡と一緒に見て、いろんなことをいっぱい喋りたかった。もちろんおいしいお酒を飲みながら…。
 渡! この世はすごいことになりそうだよ。やっぱり渡にはまだここにいてほしい…。
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by POP_ID | 2009-06-09 02:32 | '00sあたり | Trackback | Comments(0)
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