仲井戸麗市、6/12南青山マンダラLIVE WITH 梅津和時
気合いを込めて1990年チャボバンドTシャツで入場。
(おいおい、このシャツ19年前のかよ・・・?冷静に考えたら怖い。)
平日なこともあって、俺みたいな遊び人風は少ない。
いや俺も仕事してきたんだよ、私服なだけで。

席は諦めてた19:10。しかし一人という身軽さがエアポケットに命中して、
まんまと3列目相当の良席をゲット。昨日はビールで半分寝てたので、
今日はコーラで我慢する。

ライブは「ねぇひさこ」で始まり、カバー、まさかの梅津独唱をはさんで、ポエトリーあり、
ブルージーな「ハイウェイのお月様」、梅津も歌う「気モチE」、
「いい事ばかりはありゃしない」では最終電車で国立に着いた。
その勢いで初期のRCサクセションからサプライズ選曲も飛び出した。

そして圧巻のハイライトが、ぎこちない、チャボの歌うスローバラード。
梅津のサックスが地下のライブハウスから天国へと届いた。
その時、俺は清志郎は死んでないんだって思った。
歌い継ぐ者がある限り、清志郎は死なないんだって思った。

そして何度も天に指差すチャボに合わせて、
前言と矛盾するけど清志郎の冥福を初めて祈った。
先月のチャボや泉谷の悲しいライブには行かなくてよかった。
二人の泣き顔なんて見たくはないから。
今日はチャボの笑顔、たくさん見たよ。
あれからの俺なんて、めちゃくちゃに荒んでて、音楽なんて中止しろ!と思ってた。
だって清志郎が死んだのに、それ以下の音楽なんてやる意味ないだろ?と思ったんだ。
来年の5月3日まで、全音楽中止令を出したかった。
でも今夜、チャボと梅津さんの悲しみを乗り越えた笑顔と、
固い握手を見て、考えが変わった。
(俺ってまだ音楽が聴けるんだ)って思って嬉しかった。
だから最後に「サンキュー清志郎!サンキューチャボ!」って叫んだよ。


ああ、でもあまりに生々しい近さで、
ふらっと現れそうな気がしたよ。
それはお葬式に行きそびれた俺には、仕方ないことだろう?

(追伸)
この夜、チャボは梅津さんを『戦友』と呼んだ。
[PR]
by POP_ID | 2009-06-13 00:40 | POP I-DAYS | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://popid.exblog.jp/tb/11738526
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 青山から。 祈り >>