早川岳晴/清志郎
>あまりのことにこの更新もする気分になれなかった。触れないのも不自然だが簡単には書けないという思いから。
 清志郎を初めて見たのは78年頃、RCサクセションと俺がいた上田正樹Push & Pull のジョイントコンサートでだった。当時のPAシステムや或は技術ではロックバンドのヴォーカルなんて大抵何を歌っているのかさっぱり聴き取れなかったが彼の言葉は明確に聴こえるのでまず驚いた。そして常套句ばかりの当時の多くの歌詞と全く違う彼のコトバにもステージングにも「なんだこいつら、すげえ!」と感嘆したものだ。DANGER('82)、DANGER II('85)、Glad All Over('94)と、一緒に形に残せたものは少ないが俺にとって鋭い才能と触れ合えた貴重な財産である。
 今月1日のチャボとの横浜でのライブのあと楽屋で危篤の知らせを聞いた。翌日彼に貰った去年の武道館のDVDを観ながら「凄いヤツだ」と感銘を新たにした。自転車もたまには一緒に走れば良かった。合掌。

http://gwoh-in.jugem.jp/?day=20090511
http://www2u.biglobe.ne.jp/~takeharu/music.html




>20世紀後半3月19日東京生。中学卒業時に中古のウッド・ベ-スを手に入れ高校在学中からジャズを中心にライブ活動を始める。また、NHK交響楽団の窪田基氏にクラシックを師事。某大学文学部哲学科に在籍するもののサッパリ顔を出さず、板橋文夫

、土岐英史、板谷博、渕野繁男、高瀬アキ

などのバンドを経て、78年に伝説の変態ジャズバンド、生活向上委員会オーケストラに参加。また、上田正樹-Push&Pull 等でロック・シーンでの活動も開始、序々に正統派ジャズから遠ざかる。以後、ドクトル梅津バンド(D.U.B.)、イースタシア・オーケストラ、片山広明バンド、コクシネル、JOHN ZORN ユニット、梅津和時KIPANA、同 NAZO、JAZZY UPPERCUT、麗蘭、仲井戸麗市バンド、シオン 、リクオ&The Hookers、COIL、MISSING LINK等に参加。その他セッションでは泉谷しげる、忌野清志郎、石田長生、三宅伸治らと度々共演。リーダー・バンド<SALT>では86年<SALT>と91年<844>の2枚アルバムを発表。96年にはソロ・アルバム<HAYAKAWA>をリリース、現在の自己のバンドHAYAKAWAでは2000年7月<Gwoh-In>、04年3月<HONE[骨]>、08年7月<螺子 neji >をリリース。02年10月ソロ作<Kowloon>リリース、また06年にはSALTの一作目と未発表ライブ音源から成る2枚組<86,90,91>をリリース。
 海外での活動:D.U.B.、イースタシアOrch.、和楽器とのセッション等でヨーロッパ各地、中近東で公演、
梅津和時KIKI Band にてアフリカ、ヨーロッパ、東南アジアツアー、藤井郷子カルテットで北米・ヨーロッパツアー等。

  現在は自己のバンドの他、梅津和時KIKI Band、藤井郷子カルテット、緑化計画、麗蘭、民俗楽器グループなどでジャンルを超えて活動している。

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by POP_ID | 2009-06-12 03:44 | '00sあたり | Trackback | Comments(0)
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