元春の歌唱スタイル~確かな歌について。
去年のツアーから明らかに元春は、
自身のボーカルスタイルを意識的に変えてきている。
まるで捕まえたばかりの荒馬のような自分の声を、
どうやって乗りこなすか?コントロールするか?
ファンからもこだまする様々な声を、彼が知らないわけがない。
彼がなぜ声を枯らしたのか?その真相は分からない。
たぶんそれは墓場まで本人が持っていくことなのだろう。
そこにはシリアスな肉体的な理由があるのかも知れないし、
プライベートの他言できない事由があるのかも知れない。
しかしそれをファンの僕が追求するなんて愚は犯すはずもないこと。

声が変質してからの彼は、当初口ごもるような歌唱法を選択していた。
まるでお経を唱えるようなボーカルスタイルに、かつての美声を知るファンから
落胆の感情が芽生えたことは紛れも無い事実。
40代の元春は聴き手、歌い手共に非常に苦しい時代を過ごすことになった。

だが、ここへ来て元春の歌唱は新たな次元に進みつつある。
あいかわらず「U」列の発声には苦慮しているものの、
それ以外の母音については、だいぶ安定するようになった。
それはステージを見て分かるように、口を大きく開けて歌うようになったからだ。
これにより、くぐもった抑揚のないボーカルスタイルから、
メロディーに沿った本来のメリハリのある歌唱を取り戻すことに成功している。
また特に難しい一部のバラード曲では、絞った声量でメロディーを守りながら、
若干の加工処理によってライブでのじゅうぶんな音量を出力していた。
それでも80年代の再現をなくしては納得できないというファンがいたとしたなら、
それはもうはっきり言って、「(二度とライブには)行かなきゃいい。」としか言えない。

前にも書いたが、50歳を過ぎたら後は運だ。
僕は後100回、元春のライブを観ることはないだろう。
50回もないかも知れない。
だから後悔しないように、参加したい。
もちろん作品が気に入らなかったり、ライブの質に納得がいかないときは、
参加意欲が上下することもあります。宗教信者じゃないからね。
でもこのCOYOTE ALBUMの輝きは一生消えることはないし、
元春と出会えた感謝の気持ちは、決して変わることはない。

尾崎豊、佐藤伸治、どんと、清志郎、行方不明の小沢健二・・・
新しい歌が聴こえなくなった今、
佐野元春という稀代のアーチストに寄せる期待は大きい。

音楽の神様に祝福されたような歌が、どうにも少なすぎはしないか?
誰か知ってたら、どうか独り占めせずに教えて欲しい。
真に良質なポップミュージックと呼べる確かな音楽が、
どうしようもないこの世界には必要だ。
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by POP_ID | 2009-07-06 00:55 | '00sあたり | Trackback | Comments(0)
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