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佐野元春/COYOTEを聴きながら。(荒地の何処かで)
寺尾聡ばりの渋さが光る、2007年型元春の声。
彼の声がなぜ変わったのか僕は理由を知らない。
心無い自称音楽通のファンは言う、
「ちゃんとコンディション整えろ。」ってさ。
だけどもし理由が、
病気や事故のせいだったらどうする?
指を無くしたピアニストに、
「昔みたいに弾いてくれ。」って言えるかい?

”人の噂なんてあてにならない”

彼は言い訳もしてないし、理由も語っていない。
ありのままを受け入れて、
ありのままでできることをやっている。

”真実が醜い幻ならば 僕らは何を信じたらいいんだろう”

およそポップ・ミュージックにはふさわしくないフレーズ
僕のお気に入りです。
記憶違いでついつい、
”現実が醜い幻ならば 僕らは何を信じたらいいんだろう”
と口ずさんでしまう。

”本当の真実がつかめるまでキャリーオン”
20代の頃、彼が叫んだフレーズ。
50代の彼が返歌を綴る。
生きれば生きるほど僕らは変わる。
年輪が刻まれていく。
それが成長するってことなのだ。

何年経っても似たようなラブソングを歌い続ける歌手もいいさ。
それもまたポップスの魔法なのだから。
でも僕はこの場所で何度も書いているけど、
真に良質なポップミュージックについて考えた時、
時の流れは無視できない。
歌を発表した時の時代感から完全に乖離した作品は、
結局は勝負心が足りないんだ。
それでセールス競争に勝ったとして、
表現者として何が残るのだ?
金か?地位か?名声か?
くだらねぇよ。

アルバムは進み、最後の曲へ



”今はもう戻れない あの日あのときの真実”
by POP_ID | 2007-06-30 22:06 | '00sあたり
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