インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?
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次世代オーディオに挑む/中島平太郎
アナログからデジタルへ。CD開発の秘話からその次のオーディオへの想いを。
音楽を愛する一人として楽しめる一冊。

インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?/森 健
この本は佐野元春のニューアルバム「コヨーテ」を聴く前に読んでたんだけど、
内容はまさにIT社会の侵食による新しい不安と「個」のあり方に踏み込んだ良書。
元春のコアなファンであるなら、ぜひお勧めしたい一冊です。

IT社会は僕らにボーダレスなエイジレスなクラスレスな自由を与えてくれるはずだった。
僕らは確かな前進を得たはずだった。
ところが気がつくと僕らはこの素晴らしいシステムにがんじがらめにされていたんだ。
駅から駅へ、そして街を歩く、ビルに入る。僕らはその間いったい何台の監視カメラに
写されているのだ?

ジョージ・オーウェルが1949年(!?)に発表した「1984年」。
国中がビッグブラザーによる監視を受けるその様子は、
不自由な共産国家をモンスター化したのだろうか?
半世紀以上過ぎた今、それは「民主的な自由主義国家」で具現化されてしまった。
トラックやタクシーの運転手は、休憩場所もその時間も全て監視下に置かれた。
会社員もまたセキュリティーの名の元に、PCの使用具合を管理された。
不信感が監視・管理強化を生み、それが新たな不信感を生むというスパイラル。
ちょっと道から外れたことをすると管理者から処罰されるという環境が、何を生むのか?

「自分自身でいたいだけ。」

元春の言葉は昔からROCKシンガーが歌い続けた言葉で新しくはない。
しかし2007年の地平で、今一度確認しておきたいフレーズなのだ。
(COYOTEの人物設定を再確認しておきたい。)

>監視され、環境に従順に従うという志向性が身につくと、本来人がもつべき重要な要素、
「主体性ある意思決定」が奪われていくことになる。それこそが個人にとってのもっとも
大きな損失につながるとは言えないだろうか。 (P.331より引用)

本音の会話は、えてして休憩時間や、アフター5に交わされるものだ。
インチキ社長のお肉屋さんが結局は倒れたように、個が握りつぶされると、
全体が病んでいく。

リスクを回避するためのセーフティネットが僕らを不機嫌にさせるというパラドックス。
僕にできることといえば、たまの連休には携帯の繋がらない山や島へ逃亡するくらいさ。

「めざせよ、海へ!」
ってね・・・(苦笑)
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by POP_ID | 2007-07-07 22:21 | book | Trackback | Comments(0)
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