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2010デビュー直後の青葉市子インタビュー
インタビュー & 文 : 渡辺裕也
たまたまそれがあったから

剃刀乙女

青葉市子

――フジ・ロック・フェスティバル(以下フジ・ロック)でのステージは、周囲からの反響も大きかったのではないでしょうか?

青葉市子(以下A) : 特にそういうことはなかったですね。私フジ・ロックのことを知らなかったんです。フェスとかイベントとか、そういうものを何も知らなくて、興味を持つようになったのも最近の話なんです。フジ・ロックに出ようと言って頂いた時も、それがどういう規模のものかまったく知らなくて、ホームページを見た時に初めて「これはとんでもないことなんだな」と気づきました。

――すごく楽しんで演奏されているように見えましたよ。

A : あそこまでお客さんにリラックスして聞いてもらえるような環境もあまりないですよね。普段演奏しているような場所だと、来てくださる方の目的が限られていますけど、フジ・ロックではあんなにたくさんの方が出演されていますし、お酒を飲んだりしながらみなさんが各々の楽しみ方をされていますから。自分の演奏を寝転がりながら聞いてもらったのは初めてだったので、面白かったですね(笑)。自分だけ椅子に座っているのが申し訳なかったです。

――デビュー作『剃刀乙女』について振り返っていただきたいのですが、制作に取りかかる前から作品に関する何かしらの構想はあったのですか?

A : あの作品にテーマのようなものはまったくなくて。そもそも作品として発表しようという意識で作った曲はあそこにはひとつも入っていないんです。アルバムには「ココロノセカイ」という曲が入っているんですけど、あれが私の初めて作った曲です。2008年の2月に、どうしても曲を作らなければいけない機会があったんです。私がよく行っていたお店の方から、そこで開かれているアコースティックのイベントに出ないかと誘われたんです。演奏する曲なんてないと言ったんですが、逆に作ればいいじゃないかと言われてしまって。その時に作ったのがあの曲です。

――それまでは人前で演奏したことはなかったんですか?

A : ないですね。高校生の時に部活で軽音部に入って、バンドをやったりはしていました。

――どんな曲を演奏していたんですか?

A : aikoとか東京事変とかでしたね。だからその時はエレキ・ギターを弾いていました。曲によってキーボードもドラムも、いろんな楽器をやってみて、バンドはあまり私には合わないと思いました。声を張れないので、他の楽器にかき消されちゃうんですよね。


――そのaikoとか東京事変とかっていうのは、青葉さん自身が好んで聞いていたような音楽なんですか?

A : そういうわけではありません。友人から「パートが足りないからやって」と言われて無理やりやらされていた感じでした(笑)。その当時の記憶があまりないんですけど、楽しんではいたと思います(笑)。その辺りから家に転がっていたガット・ギターも弾くようになりました。高校3年生の頃でしたね。それでこっちのほうが向いていると徐々に思うようになりました。

――家族にギターを演奏する方がいたんですね。

A : どうやら父がコレクションしていたもののようです。私もよくわからないのですが、父がギターを弾いているところは見たことがありません。なので、家族から影響を受けて手にとったというわけではなくて、私が家の中から発掘してきて、勝手に始めた感じですね。

――常に音楽が溢れているような家庭内だった、というわけでもないんですね。

A : そうですね。私が覚えているのは母がいろんな歌を口ずさんでいたことくらいですね。

――どんな歌を歌っていたのですか?

A : 覚えているのは、都道府県の歌くらいですね。私に覚えさせようとして、都道府県名をラップ調にして歌って聞かされていました(笑)。

――音楽に関心を持つようになったのはいつからなんですか?

A : 幼稚園の時だったと思います。セーラームーンの放送が始まる時間をいつもテレビの前で待ち構えていて、オープニングの曲が流れ始めると、それに合わせて家にあったトイ・ピアノを弾いていました。どの楽器も、私が演奏し始めた理由は、「たまたまそれがあったから」なんです。

――ピアノを習ったりはしなかったんですか?

A : 小学校の時に少しだけ習ったんですけど、すぐに辞めました。運指を間違えるとすぐに先生が怒ってくるから、自由に弾けなくて苦しかった。私は先生に指示されたような弾き方をしていなかったんですけど、それでもちゃんと弾けているんだからこれでいいと思ってたんです。そうしたらその先生も私の面倒をだんだん見てくれなくなって、他の子のレッスンばかりを見るようになったから、行っても意味がないと思って1ヶ月くらいで辞めました(笑)。

――(笑)。そのセーラームーンの曲以外では何かありますか?

A : 小さい頃からジブリのサウンドは大好きですね。小学校に入る頃には、親もずっとトイ・ピアノじゃかわいそうだと思ったみたいで、電子ピアノを買ってもらえました。それだとドラムの音も出せてリズムもつけられたので、そういうものを使ってジブリの曲やCMの曲とかを弾いては録音して遊んでいました。

音の出るものは何でも好きだった――耳にした音楽を演奏することに小さい頃から馴染んでいたんですね。

A : そうですね。すぐに音を出したくなるんです。例えば山手線のホームで流れている音を聞いてきれいだなと思ったら、それを覚えて家に帰って弾くような遊びを今でもやっています。とりあえず音の出るものが何でも好きだったから、コップとかガラスを叩いてはいつも怒られていましたね(笑)。

――けっこうおてんばな子だったんですか?

A : うるさいと言われるのはそうやって音を出している時だけですね。学校も、音楽の授業だけは面白かった。実技でリコーダーの練習のときに、課題の曲とはまったく関係ない曲をピーヒャラ吹いては「今はそれじゃないでしょ」と注意されるような感じでしたね。

――ピアノとギター以外に力を入れていた楽器はあるんですか?

A : クラリネットを中学校の吹奏楽部でやっていました。そういえば小学校では合唱団にも入っていましたけど、もうすぐ卒業というところで辞めちゃいました。先生が一人の子ばかりをひいきしているのを見るのがいやだった。それで、中学校では合唱以外で音楽の部活に入ろうと思って吹奏楽部に入ったんです。最初はフルートがよかったんですけど、希望者が多かったので私はクラリネットをやることになったんです。今でも音を確認するときは、ピアノではなくて、ついクラリネットの手付きになります。楽しかったですね。ただ私は楽譜が読めなかったので、初見で演奏する時は、まず先輩達が吹いているのを聞いて耳で覚えてから演奏していました。バンドがあまり自分には向いてないと思った理由も、そこは関係ありますね。スコアとかを渡されても読めなかったし、曲をじっくり聞き込まなければいけなかったから。


――同世代の友達が聞くようなポップスにはあまり興味がなかった?

A : 薦められたものを借りて聞いてみたりはしましたけど、確かにあまり残っていませんね。

――主にどんな音楽に惹かれるんでしょうか?

A : 映画音楽とか。いわゆる歌ものの音楽にはあまりひっかかることがないですね。あとは... ジャンゴ・ラインハルトが好きです。ジプシー・ジャズですね。

――青葉さんが最初に作った曲だという「ココロノセカイ」とは、どのようなイメージで描かれたものなのでしょうか?

A : 普段の閉ざされた状況から逃げ出す場所。そこは行きたくてもなかなか辿り着けない場所なんですけど、そこに辿り着いた時に訪れる、安心した気持ちをイメージして言葉にしたものですね。

――確かに僕も青葉さんの言葉からは何か情景や場面を描写しているような印象を受けました。

A : 心の動きが普段の振れ幅を越える時がたまにあるんです。『剃刀乙女』に入っている曲達は、そのシーンを切り取ったものなんです。だから、曲は作ろうと思って作るものではなくて、例えばものすごく悲しいことがあったり、倒れるくらいに苦しいことがあったりした時に出てくるものなんです。

――曲を書くという行為がいつの間にか自分の意思を越えて行われるものになった?

A : そうですね。いったん書き出したら止まらなくなりました。


# by POP_ID | 2021-08-25 00:07 | neo10'sあたり
映画「フィッシュマンズ」を観て
佐藤くんならソロでも音楽はできるのにフィッシュマンズを、バンドを愛し抜いてそれでお金という結果だけを出せずに燃え尽きてしまった。佐藤くんは日本でなんか生まれなくて良かったのかも知れない。でもごめん、生まれてくれてありがとうしか言えないよ。 
#フィッシュマンズ
#FishmansMovie

スピッツもウルフルズも真心ブラザーズも売れた。フィッシュマンズは売れなかった。佐藤くんがそんなに責任を感じていたなんて知らなかったよ。そうしてメンバーが去る度に心を痛め続けていたなんて。ステージで泣いて懺悔するなんて。ほんとに真のバンドマンだったんだね。

自他共に認めるフィッシュマンズ史上最大のポップソングですらその歌詞は笑いを忘れた恋人たちには新しい明日が見えてくる 100ミリだけのからっぽ離さないでおくれ だもの。難解だよね。月の裏側で会いましょうに比べたら月とスッポンだよ。佐藤くん詩人すぎたよね。最高だよね。

WINK売れてポリスター潤ってフリッパーズなんかがデビューできたように、スピッツがメガヒットしてポリドール潤ってネクストバッターズサークルにトレードで獲得したフィッシュマンズを据えた。いい音楽過ぎて大衆には響かなかった。同じ台詞同じとき思わず口ずさまないとだめだった……。

# by POP_ID | 2021-07-27 23:02 | '90sあたり
小山田案件
五輪開会式観た。なんかデザインあとCorneliusのPVみたいな映像だった。失われた音楽。寂しいね。


そもそもどこまでが事実なのか不明。

その後の当事者間の関係性についても証言がある。

数十年を経過した現在の被害者の気持ちが不明。

である以上安直なコメントはできない。
名だたるミュージシャン、大して名だたってないミュージシャン風情が偉そうに私見述べるな。

被害者不在のリンチ裁判には同意しない。

もう書きたくないのだが続報が届く中での小山田事案。俺はとにかく事実確認したかった。土屋昌巳が決めつけようともまずは事実確認だ。ロキノンJAPANはユカイが亡霊を見ただの吉川晃司はこのままだと一生○○○できないとかなんだかと無茶苦茶書いてきてた。山崎洋一郎はその時のテープを起こせ!
それとも録音もせず会話した記憶と妄想と脚色を元に与太記事でっちあげてきたのか?責任を取れ!仮にも音楽雑誌が音楽家の音楽人生奈落に落としてるんだぞ。
同級生からの証言も出てきている。苛めはした。最低だ。で嘘はどれだ?

小山田圭吾の私生活を結婚後においても褒め称える気はさらない。俺の妻情報だとミネタカは離婚理由を小山田の浮気だと語ったそうだ。それは当事者が話してるんだから事実だろう。沖野さんが何言おうと彼は父親として夫として駄目なやつだ。

# by POP_ID | 2021-07-27 22:59 | 20's
佐野元春
佐野元春の音楽って不思議だな。
決して五輪では使われない。
ゆずやらサザンやらとは違う。
かといって開会式に呼ばれるサブカルとも違う。
オルタナティブなのか。

# by POP_ID | 2021-07-27 22:57 | 20's
小山田案件、山崎洋一郎を逃がすな。そして
ロキノンJAPAN。
浜崎あゆみ2万字。
産業ロックという言葉を産んだ渋谷陽一が産業雑誌へと舵を切った瞬間を俺は見た。そして見捨てた。

# by POP_ID | 2021-07-27 22:56 | 20's