血肉を捧げた渾身の表現者エリ。
以下公式サイトより転載。
>BLUE CAFE

5月4日

eliお母さん、古い友人、そして同士のDJ三谷(昌平)くんが参加してるイベントに呼ばれ
北海道札幌へ。
まずは、三谷ちゃんとの繋がりを説明致しましょう。
三谷くんはラヴタンバリンズ結成ちて、(未だ2人で曲作ってるだけの時)の同士でしゅ。
DJ三谷くんと一緒に最初は3人で始めたモBLUE CAFEと言うイベントを今は無き下北沢SLITS(ZOO)でやってたそうでしゅ。
ラヴタンバリンズ誕生の始めの一歩でしゅ。
そこで、初めてラヴタンバリンズは人前でライヴをちたのでしゅ。
でも、1年間、全然お客さん来なかったそうでしゅ。
クルーエルからCDデヴューしゅるまで、ずーっとお客さんのいないライヴばかりだった
そうでしゅ。
実は最初のライヴから"cherish our love"も"baby why"も演奏してたそうでしゅ。
でも、数人お客さんがいても誰も聴いてくれなかったそうでしゅ。
ギターと唄だけ、時々、パーカッション入れたりもちたそうでしゅが、その様な状態なので、
偶然来たお客さんは誰も聴いてくれないどころか、目の前で大声でお喋りや甲高い笑い声
の方がうるさくてeliお母さん唄いながら、ひたすら悔しかったそうでしゅ。
だけど、クルーエルからCD出したらライヴはお客さんがいっぱい。
逆にeliお母さんは哀しい気持ちにさせられたそうでしゅ。
「今までは誰も聴いてくれなかったのに・・・有名なミュージシャンが、ラヴタンバリンズを
雑誌やらで取り上げてくれたから、お客さんが集まってCDが売れたんだ。わたしの力でも
何でもない。」
eliお母さんはそう思っていまちた。だから、売れた事が、哀しかったそうでしゅ。
今eliお母さんがなるべくあちこちでシークレットでライヴやってるのは、
eliお母さんを知らない人でも、偶然その場に来たお客さんが相手でも、
つまり無名のひとりのミュージシャンとちて、勝負したいからなのでしゅ。
昔の悔しさを忘れちゃいけないと、いつも言い聞かせてるみたいでしゅ。
実はその悔しさは、17歳の頃からあったそうでしゅ。
英語の唄を唄いたい、好きな音楽がやりたい。流行なんて大嫌い。
だから誰もが、eliお母さんを認めてくれなかったそうでしゅ。
唄が上手い人が全然いない時代。特にお洒落な音楽ほど。
今でも「渋谷系」と言われてた音楽はひとつ残らず大嫌いだそうでしゅ。
偶然入ったお店でもはや死後になった「渋谷系」と言われた音楽が流れてたりすると
気分が悪くなって直ぐお店から出ちゃうくらいでしゅ。
eliお母さんは、いつも、こう言ってるでしゅ。
「自分のキャリアなんざ、どーだっていい。ラヴタンバリンズの唄は一生唄わない。
一度やってしまった事は、壊さなければ、決して新しい物は生まれない。
創り手は、いつも、そうでなければならない。
守りに入るのはまっぴら御免だぜ!そんな事したら次のステップが踏めないし
音楽家として、表現者として、成長出来ない。
わたしは、いつだって無名のアーティストとして勝負するんだ!」
だから、街中で急に唄いだす事もショッチュウでしゅ。
3月の渋谷のライヴ後の打ち上げの帰り。
babytearsの3人娘と一緒にU’ve got a friend唄ったら拍手喝さいだったそうでしゅ。
とても嬉しかったそうでしゅ。

☆『☆★』☆

表現とは前進だ。
前進なくして表現は無い。
売れるサイクル安定したループ。
んなもんどこぞのバンドにやらせとけ。
俺は名も知らぬシンガーの”cherish our love”に反応できただろうか?
気付いたはずだと信じたい。

c0016991_052936.jpg
[PR]
by POP_ID | 2006-05-24 00:52 | eli,shy&エージ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://popid.exblog.jp/tb/3944589
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 表現の自由と道交法。 Tシャツ作りてぇ。 >>